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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2903号 判決 1998年1月30日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対して金五〇万円及びこれに対する平成八年四月一日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを四分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成八年四月一日から右支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

二  事案の概要

本件は、控訴人が隣地の所有者である被控訴人に対し境界線から最低四〇センチメートルの間隔を置いて建物を建築されたい旨要請したのに対し、被控訴人が一旦右要請を受け入れるかのように装いつつ、基礎工事が終わるやたちまち態度を変え控訴人の右要請を無視したものであり、これは隣人としての信義にもとる欺瞞的行為であり、控訴人は右行為によって精神的苦痛を被ったので被控訴人に対して慰謝料二〇〇万円の支払いを求めるというものである。

1  争いのない事実

(一) 控訴人は尼崎市《番地略》宅地(以下「控訴人土地」という。)を、被控訴人は控訴人土地の東側に隣接する尼崎市《番地略》宅地(以下「被控訴人土地」という。)をそれぞれ所有している(以下、控訴人土地と被控訴人土地を合わせて「本件係争地」ということがある。)。

(二) 控訴人土地及び被控訴人土地は都市計画法上の準防火地域に指定されている。

(三) 控訴人と被控訴人は、それぞれ、従前自己所有地上に建物(以下「旧建物」という。)を所有していたが、阪神大震災により旧建物が損壊したので、右各土地上に建物を新築(以下、新築後のそれぞれの建物を「控訴人建物」、「被控訴人建物」という。)し、居住している。

(四) 被控訴人建物の外壁面から境界線までの距離は約一五センチメートルであり、控訴人建物の外壁面から境界線までの距離は約四〇センチメートルであって(両建物の各外壁間の距離は約五五、六センチメートルである。)、両建物の配置状況は概ね別紙図面のとおりである。

2  争点

本件の争点は被控訴人建物建築の際被控訴人が控訴人との協議に応じなかったことないし控訴人に対して示した態度が違法なものであって控訴人の権利を侵害したといえるかどうかということであるが、これに付随する争点として被控訴人は民法二三四条一項に基づく境界線からの建物距離保持義務を負うかどうかという点も問題になっている。

三  当裁判所の判断

1  《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。

(一) 控訴人及び被控訴人の旧建物は、いずれも、被災前、控訴人土地と被控訴人土地の境界線からそれぞれの外壁面まで四〇センチメートル位の距離があった。

(二) 控訴人は、控訴人建物の建築工事着工前である平成七年八月六日、被控訴人方を訪問し、旧建物と同様に境界線から四〇センチメートルの間隔を置いて控訴人建物を建築することにつき被控訴人に対し同意を求め、その承諾を得た。ところが、控訴人が被控訴人方を辞去しようとしたとき、被控訴人は、控訴人に対して、被控訴人建物の建築に当たっては境界線から外壁の壁芯まで二五センチメートルしか空けられない旨告げた。これに対し、控訴人は、被控訴人も控訴人と同様境界線から四〇センチメートルの間隔を置いて欲しい旨要請した。しかしながら、被控訴人は、四〇センチメートル空けるとすれば、設計変更を余儀なくされ、余分の費用が必要となるし、工事完成時期もずれこむ、平成元年の最高裁判所の判決によれば、民法二三四条の適用がないので境界線一杯に建築してもよいと反論した。

(三) 控訴人は、翌七日、被控訴人方に電話をしたところ、被控訴人の妻が出たので、前日と同様四〇センチメートルの間隔を置いて欲しい旨申し入れたが、被控訴人の妻はこれに応じなかった。

(四) 控訴人は、同年九月一日、被控訴人土地に既に縄張りがされていることを知り現場に赴いたところ、たまたま同所近くで被控訴人に出会ったので前同様の申入れをしたが、被控訴人には右申出を応諾する様子がなかった。

そこで、控訴人はそれ以上被控訴人と交渉することを断念し、被控訴人から建物建築工事を請け負っている訴外丙川ホーム株式会社(以下「丙川ホーム」という。)に電話をかけ、被控訴人を説得して貰えないかと打診してみた。

(五) 丙川ホームの担当者は、控訴人に対して、控訴人からの右依頼について検討することを約束したものの、その後もなお被控訴人との交渉がはかどらなかったことから、控訴人は弁護士と相談したりして、一時仮処分申請に踏み切ることも考えた。一方、丙川ホームの担当者は、控訴人の要求に従うとすれば建物全体の規模を縮小せざるを得ないとの結論に至るとともに、被控訴人からは縄張りのとおりの建物配置をもって建築工事を続行するよう強く指示されたことから、控訴人との間に立って、両者の調整に苦慮した。その間も、被控訴人の意向を受けて工事は進められていたが、丙川ホームの担当者の提案により、同年一〇月一七日、話し合いのために控訴人と被控訴人とが工事現場(本件係争地)で会った際には、既にコンクリート打設工事が完了していた。なお、その場での話し合いは当時者双方が感情的になり、まとまらなかった。

(六) 控訴人建物は同年一二月末ころ完成し、控訴人はそのころ入居し、一方、被控訴人建物は同八年三月末ころ完成し、被控訴人はその後間もなく入居した。

(七) 被控訴人建物は木造(枠組壁工法)三階建の準耐火建築物で、平成七年八月三〇日に建築確認を受けている。

(八) 本件係争地付近には、隣地との境界線から五〇センチメートル以上の距離を置いていない建築物が数多くある。

2  前項の認定事実に基づき、以下検討する。

(一) 建築基準法六五条所定の「耐火構造」の意義

(1) 平成四年法律第八二号により建築基準法が改正されたが、右改正後の建築基準法によれば、木造などの構造であっても、耐火構造に準ずる耐火性能を有すると評価されうるものを「準耐火構造」と規定している(同法二条七号の二参照)。しかしながら、接境建築を認めた建築基準法六五条にいう「耐火構造」は同法二条七号に規定する内容のものを意味し、同条七号の二に規定する準耐火構造は含まれないものと解せられる。したがって、外壁が耐火構造となっていないことが明らかである被控訴人建物については、民法二三四条一項の特則である建築基準法六五条は適用されないものというべきである。

控訴人建物についても、その外壁が耐火構造となっていないのであるから、建築基準法六五条は適用されない。

(2) 民法二三四条一項によれば、建物は境界線から五〇センチメートル以上離して建てなければならないとされ、これに違反して建築をしようとする者がいる場合、隣地の所有者はその建築を廃止し又はこれを変更させることができる旨規定されているところ、その目的は建物の築造・修繕の便宜、通風・日照・採光の阻害による生活環境の悪化の防止、延焼防止にあると解される。

なお、本件係争地付近において、右五〇センチメートルより距離を狭めて接境建築する慣習(民法二三六条参照)が存在することを認めるに足りる証拠はない。

(二) 境界線からの建物距離保持に関する相隣者間の誠実交渉義務

(1) 一般に人家の密集している地域において建物を建築しようとすると、これによって隣接土地所有者の有する種々の生活上の利益を継続して侵害することになる可能性があるのであるから、このような場合隣接土地所有者同士が快適に過ごすために相手方の生活利益を侵害しないように配慮すべき義務を負っているというべきである。更に進んで、健全な社会通念に照らして考えてみるに、右義務の一内容として、相隣者間においては建物建築に関して互いに加害者にも被害者にもなりうるおそれがありうるのであるから、相隣関係における円満を保持するために相隣者間に紛争が生じた場合には互譲の精神に基づき社会共同生活の一員として右紛争の円満な解決に向けて真摯に交渉すべき義務があると解するのが相当である。

しかしながら、隣接土地所有者と話し合いをしようとしても、従前の双方の生活史、交流状況、相手方の応答態度など諸般の事情が複雑に作用して、交渉開始のきっかけ、交渉内容、交渉の成否が左右されたり、影響を受けるものであって、いかなる場合にも無条件に交渉ないしこれに応ずべき法的義務があると解するとすると、建物を建築する計画を有する者の権利行使を不当に妨げ、その者に酷な結果を招くこともありうるから、例外的に、右交渉をすることを期待し得ない場合もあることを是認しなければならない。

(2) 右見地に立って本件について考えてみるに、本件のように、隣接土地所有者の双方が災害に遭ってほぼ同時期に建物を再築しようとしている場合であって、しかも、一方当事者が従前の建物の建築状況を前提にして、これを尊重した内容の建築計画を提示しているような状況の下では、従前の建物の建築状況が特に不合理なものでない限り、相隣関係における円満を保持するために右提示に対して真摯に耳を傾け、自らの建築計画と相手方の建築計画を対比検討の上場合によっては互譲の精神に基づき自らの案を再度修正、検討するなど、誠実かつ柔軟に協議に応じることによって、隣接土地所有者の不安を除去し、相隣関係における円満を保持すべき義務があると解するのが相当である。

しかるに、被控訴人は、被控訴人建物の境界線からの距離保持に関する、控訴人からの申入れに対して協議を拒否すべき合理的理由もなく、相隣者間の情誼を無視し、一貫して控訴人からの申し入れに対しては断固応じない旨の態度を示しており、これによって、控訴人は、隣接土地所有者として、隣人との話し合いを重ねながら良好な居住環境を形成しようとする意図ないし一般的期待を裏切られたものであり、右の期待利益は生活の平穏に関する一種の人格的利益としてそれ自体不法行為法上の保護を受けうる法的利益というべきものであって、被控訴人は控訴人が右期待を裏切られたことによって被った精神的苦痛につき賠償すべき責任があると解するのが相当である。

(なお、《証拠略》によると、控訴人は被控訴人建物が前記位置に建築されたことによって、多少圧迫感を受けているものの、採光、通風の面での被害感情を抱いていないことが認められるが、控訴人が本件において被侵害利益として主張しているのはこれとは別個のものであることは明らかである。)

さらに、控訴人は自ら境界線からの建物距離保持義務に違反しているとはいえ、本件係争地付近において前記1(八)認定のような地域的状況が認められる本件の事実関係の下では、被控訴人に対して従前と同じ距離を置くことを求めることが全く筋違いのことであるとまでは言えず、また、境界線からの建物距離保持の点に関する相手方の不法の程度は控訴人の不法の程度よりもかなり大きいと言い得るのであるから、控訴人についてみられる前記事情は、被控訴人は控訴人に対して損害賠償責任を負うとする前記説示を何ら妨げるものではない。

(3) 以上のとおりであるから、本件に顕れた一切の事情に照らし、控訴人の被った前記精神的苦痛は五〇万円をもって慰謝されるのが相当である。

四  よって、本件控訴は一部理由があるので、原判決を主文記載のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条、六四条を適用し、仮執行宣言はこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 高山浩平)

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